2.瀬戸内を駆け抜ける

  写真はクリックで拡大表示します。ブラウザーの<戻る>でお戻りください。

 曇天マリンビュー

  尾道 12:49 → 糸崎 12:57 [普通 423M/電・115系]

  尾道から乗り込んだ三原行きは、中間に元117系を組み込んだ115系の4両編成。編成番号を照合すると、朝に岡山から庭瀬まで乗車したのと同じものだ。伯備線に入ったはずの列車だが、岡山に戻り、それからこちらにやってきたらしい。そういえばいつの間にかなくなってしまったが、昔は山陽本線の電車にも側面にサボがついており、中には交換の回数を減らすためか「糸崎→岩国→広」のような二段構えのものもあったと記憶する。あまり詰め込まれると結局今どこに向かっているの?と言いたくなるが。

  尾道から糸崎にかけては海を間近に見ながら進む。瀬戸内海には大小数多くの島が浮かび、向島と因島の間にかかる因島大橋の姿も見える。

車窓に因島大橋 

  さて時刻表を見ると、岡山側からの列車の多くが糸崎または三原で広島方面への列車と接続している。これは糸崎〜三原間が岡山支社と広島支社の境界になっているためで、特に近年、長距離運用が減って大半の列車がここで分断されている。

  この列車は三原行きだが、糸崎で広島行きに接続し、その3分後に後を追いかける。このため三原までは、たった3分の間に2本の列車が走ることになる。三原着が3分遅れてもその先には全く影響がないので、終点まで乗りっぱなしで何も問題ないのだが、糸崎駅のホームで待っていた広島行きが、今や珍しい「黄色くない」115系だったので、そちらに乗り換える。

  糸崎 12:58 → 三原 13:02 [普通 353M/電・115系]

  糸崎からまた1区間だけ乗って、三原で下車。広島のリニューアルカラーは割と好きだったのだが、これも多分今回で見納めだろう。その3分後に、さっきまで乗っていた黄色い電車が入ってきた。この車両は折り返し糸崎行きとなって、たった1区間を引き返すことになる。

広島リニューアル色の115系 

  新幹線駅に並行する高架駅となっている三原駅だが、ホームの売店は閉まっており、いまひとつ活気が見られない。そんなホームに、呉線の観光列車「瀬戸内マリンビュー」号が入ってきた。先頭部にオールと浮き輪を配し、一見して船をイメージした列車だとわかる。電化された呉線を走るにもかかわらず、車両は気動車のキハ47を改造した2両編成だ。

三原駅に入る「瀬戸内マリンビュー」 

  広島寄りの1号車は内装を大幅に更新した指定席車で、こちらに乗り込むことになる。自由席である2号車は、内外装のイメージを1号車に合わせたくらいで、設備そのものはもとのキハ47とあまり変わらない。指定席料金を払うか否かで明確な差が付けられている。

  三原 13:25 → 呉 14:59 [快速「瀬戸内マリンビュー2号」 8235D(広〜8237D)/気・キハ40系]

  三原を出た「マリンビュー」号は、山陽本線と別れて単線の呉線に入り、市街地を抜けて左手に海を見る。海沿いを行く風光明媚な呉線、これまで何度か乗ってはいるのだが、大抵は夕方か夜で、昼間に訪れたのは2007年の旅行の時くらいだ。しかも広以東は景色が良いのに日中はロングシートの105系ばかり。8年前の利用の際も窓に背を向け、天気が良かっただけに残念な思いをした。それだけに今回は楽しみにしてきたのだが、うまくいかないもので今回は天気が良くない。

  指定席の1号車だが、海側にあたる進行方向左側はボックスシート。革張りの豪華な仕様で、もとのキハ47よりゆったりした座席なのだが窓のピッチと合っていない。右側は腰の低いソファで、窓に背を向け海側を向いている。特にこだわりなく取った指定席は山側のソファのほう。だれかと相席だと居心地の悪かったところだが、幸い自分のブロックには誰も来なかった。向かいの海側のボックス席には誰もいない。どうせならあちらを指定すれば良かったなと後悔したが、人がいないので遠慮なく海側の窓を眺めていられる。1号車全体では、それぞれのブロックに数名ずつ、自分の向かいのボックス以外は埋まっている。

山側のソファ席 

  車内を見渡すと羅針盤に、壁には舵輪のレプリカ、天井にはシーリングファン状の羽根など、レトロな客船を意識した風の調度品の数々。車両の端に設けられたフリースペースの窓は円形で、これも船の旅をイメージしているのだろう。気動車のエンジン音もその演出に一役買っている。

客船をイメージした「瀬戸内マリンビュー」内装 

  列車は海岸に沿って進み、浮かぶ島々の重なりが刻々と姿を変えて飽きさせない。これで天気が良ければ最高だったろう。安芸幸崎から忠海にかけては線路が最も海岸に近づくハイライト区間。併走する国道185号が山側に移り、列車のすぐ足下にまで海が迫る。

瀬戸内海を見ながら進む 

  三原を出てから最初の停車駅である忠海には港町の風情がある。この先呉線は比較的内陸を進み、海が見渡せるような海岸沿いを走ることは意外と少ない。そんなわけで眠気に襲われ、うとうとと過ごす。次の停車駅は竹原。呉線東側区間では大きい部類の駅で、105系の普通列車と行き違う。

  安芸津から安浦にかけては時折海に近づき、カキの養殖用と思われるいかだが浮かぶ姿が目に留まる。国道185号沿いにも「生がき」の看板が揚がっている。これを見ると、いかにも広島に来たんだと思える。外は小雨がぱらつきだした。こうなると景色も沈んで見える。

カキのいかだが浮かぶ 

  海沿いと内陸を出たり入ったりしているうちに、だんだん街がひらけてきた。呉線の観光列車として鳴り物入りで走り出したであろう「瀬戸内マリンビュー」だが、車内販売があるわけでなく、観光案内をしてくれるわけでもなく、ただこぎれいな列車が淡々と走るだけという印象を受けた。車内に案内パンフレットのひとつもあろうかと思っていたがそれもなく、記念撮影用の使い古されたボードが申し訳程度に置いてあるだけで、やる気のほどを感じられなかったのが残念だ。お目当ての瀬戸内海の景色が良ければそうも感じなかっただろうが、そちらが今ひとつだっただけに余計に気になってしまった面もある。

  かつて国鉄の仁堀航路が出ていたという仁方を通過するとトンネルで山を越え、抜けるといきなり街がひらけてへ。ここまでくると鄙びた瀬戸内沿岸の面影はもはやなく、一気に港湾都市の趣きになる。現に広から先、広島方面へ向かう列車の本数は大幅に増える。

  もう一つトンネルを越えるとに着く。広島行きの「瀬戸内マリンビュー」はこの先終点までノンストップ(おそらく途中運転停車はあると思われるが)だが、ここ呉で20分停車し、その間に広始発の快速「安芸路ライナー」を先に行かせる。私はここで「マリンビュー」を降りて「安芸路ライナー」に乗り換えることにしている。

呉駅に到着 

  呉といえばかつて有数の軍港であり、今も海上自衛隊の拠点である。「安芸路ライナー」の発車まで15分。この駅の海側にある、呉ならではの施設をひと目見ておきたい。

  駅舎を出てすぐ自由通路で線路をまたぎ、浜の方へ向かって歩く。「ゆめタウン」と呼ばれる商業施設の中を突っ切り、その先に現れるのが「大和ミュージアム」こと呉市海事歴史科学館。その名の通り、この地で誕生した戦艦大和を中心に、軍事・造船拠点としての呉の歴史を扱う博物館だという。開館から10周年、そして来場1000万人という垂れ幕がかかっているから、平均して年間100万人が訪れているわけで、なかなかの集客力だ。館内には戦艦大和の1/10スケールの模型も展示されているという。

  その少し離れたところに、巨大な'潜水艦のようなもの'がでんと構えている。こちらは海上自衛隊の資料館で、「てつのくじら館」と呼ばれる。背後にある茶色い建物が本館だが、展示物である'潜水艦のようなもの'の存在感があまりにも大きくて目立たない。「のようなもの」と書いたが、これは実際に潜水艦「あきしお」として活躍していたもので、こんな巨大な物体が海に潜っていたのかと思うと不思議な気分になる。それをどうやって引き揚げてここまで持ってきたのかというのが更に謎だが。

大和ミュージアム(左)とてつのくじら館(奥) 

  残念ながら時間が無いので、この外観を見るだけで引き返し、足早に呉駅に戻る。ちなみに呉駅の列車接近メロディには「宇宙戦艦ヤマト」のテーマが使われている。ヤマトのモデルはもちろん戦艦大和だが、陸揚げされた「あきしお」の姿を見ると、こちらともちょっと似ているような気がしなくもない。配色が似ているのと、船底まで露出した船を見ることが普通ないからだろう。

 広島のニューフェイス

  「瀬戸内マリンビュー」はまだホームにおり、その向かいに広始発広島行きの快速「安芸路ライナー」が入った。

  この2015年春にデビューした227系電車。広島地区には国鉄末期の115系3000番台(今朝庭瀬から倉敷まで乗った車両)以降新型電車が導入されることがなく、四半世紀以上にわたって電車がすべて国鉄世代車という状態が続いてきた。その間は既存車のリニューアルで場をしのいできたわけだが、そんな広島についに、関西の223,225系クラスの新車が入ったのだ。

227系「安芸路ライナー」 

  顔つきは225系を踏襲しているが、デザインに赤色を配し、先頭部の転落防止幌を翼に見立てて「レッドウイング」という愛称が付けられている。驚くべきは列車種別・行き先表示器で、JR西日本の近郊車両としては初めてと思われるカラーLEDが採用されている。従来の白幕から、まだ関西でも見られないフルカラー表示になるとは、30年我慢させられてきた鬱憤を晴らすかのような大きな飛躍だ。

  呉 15:14 → 海田市 15:45[44] [快速「安芸路ライナー」 5647M/電・227系]

  「瀬戸内マリンビュー」を差し置いて快速は広島を目指して出発する。3両編成のワンマン運転で、車内はまだ新車の匂いがし、結構な盛況だ。港湾都市の風景を左手に見ながら呉の市街地を後にし、最初の停車駅吉浦で普通列車と入れ違う。あちらはまだ115系の黄色い電車。今後227系の増備に伴って統一されてゆくのだろうが、まだ新旧混在している。

  吉浦からトンネルを抜け、すぐにかるが浜で再び停車する。ダイヤ上は通過駅だが、2,3分運転停車して上りの快速を通過させる。呉線は全線単線だが、快速と普通が1時間に計3本走っているので、どうしても行き違いが多くなる。戦前には広島側から呉まで複線化する計画があったものの、戦時中の物資不足で中断され、立ち消えになってしまったらしい。その時代に幾らかでも複線化ができていればダイヤの編成も楽だっただろうが、山が海岸間近に迫る沿線風景を見るに難工事は避けられず、軍港呉の重要度をもってしても費用対効果が見込めないと判断されたのだろう。

  しばらく、江田島を向かいに見ながら海沿いを進む。小さなトンネルを出入りし、小刻みなカーブを繰り返すので、新型車であってもよく揺れる。曇っていた空にいつしか晴れ間が広がり、西日が海面をきらきらと照らす。「瀬戸内マリンビュー」でこの景色を見たかったものだ。

江田島を見ながら進む 

  次の停車駅のまで来ると海を離れ、やっと広島近郊に入ってきた感じがする。三原以来の山陽本線と合流して海田市(かいたいち)へ。到着と同時に、227系の広行き普通列車が入れ替わりに呉線に入っていった。

  海田市 15:54 → 尾道 17:14 [普通 364M/電・115系]

  海田市からは復路にかかる。岡山行きの電車は再び黄色い115系で、しかも旧来のボックス席なので、30年以上時代を引き戻された感じがする。227系は今のところ糸崎から東の岡山支社エリアには入っていかないので、岡山まで直通する列車は必ず115系である。ここから三原へ、山陽本線は内陸を経由するが、こちらも日中に通過した経験は意外と少なく、上り列車となると初めてだ。

  海に背を向け、瀬野川のなす谷に沿って進んで行く。両側に山が迫る狭い谷だが、その山の麓にまでびっしりと民家が並ぶ。広島近郊のベッドタウンなのだろう。瀬野を過ぎるとその余地もなくなり、列車は八本松に向けて「瀬野八」と呼ばれる難所にさしかかる。両駅間は10kmあまりあり、電車はモーターをうならせて延々とひたすら登りの一途。併走する国道2号とともに山奥深くへ踏み込んで行く。その国道2号はなぜか、広島方面に向けてずっと渋滞している。他に通る経路がなく、どうしてもここに集中してしまうのだろう。

瀬野八の勾配区間 

  そんな勾配も登り詰めると不意に谷が開け、八本松にたどり着く。ホームの名所案内看板には「海抜255メートル、山陽本線で最も高い駅です」とある。看板には「松たけ狩り 近くの山一帯」とも。ずいぶんアバウトな書き方だ。

  次の西条でまとまった下車。しばらくは高台の平地を行き、白市から下りの勾配にかかる。広島からの列車の半数ほどが白市折り返しなので、ここが広島都市圏の東端といえよう。谷が狭まり、大きくS字にカーブを切って入野に。この先は三原に向けて沼田川のなす大きな谷間を東へ進む。

  途中、巨大なアーチ橋が谷を跨ぎ、線路のはるか頭上を通過する。「広島空港大橋」と呼ばれ、幅380m、高さ190mあるそうだ。名前から察するに広島空港へのアクセスルートとして架けられたのだろうが、必要上のものというより、地方自治体がうんと背伸びした公共事業の産物という匂いがプンプンする。立て続けに、山陽自動車道も谷をひと跨ぎにしてゆく。

広島空港大橋 

  そろそろ陽が傾いてきた。三原で乗客を増やし、糸崎から尾道にかけて、久々の海岸沿いに出る。日が暮れたが空に晴れ間がのぞき、往路とはまた違った美しさがある。支社の壁があって難しいのかもしれないが、「瀬戸内マリンビュー」を尾道まで伸ばすことはできないものかと思う。

夕暮れの瀬戸内海 

 尾道再び

  海田市からの列車を尾道で降りる。ここでは今日二度目の途中下車で、今度の滞在時間は30分ほどだ。ここで下車せずに岡山まで行ってもその後の接続が悪く、魚住帰着は変わらないので、まだ景色が見られるうちに見ておこうというわけだ。昼間は山の上から尾道水道を一望したが、今度は駅前の桟橋から夕暮れの海を眺めてみようと思う。

  このたびは南側の駅舎から出場する。駅前の国道2号を渡れば、すぐ正面に尾道水道と向島が迫る。振り向けば駅舎の背後の高台に、例の尾道城が、シャチホコの片方取れた姿のまま夕日に照らされている。

尾道駅の背後に尾道城 

  桟橋に出て尾道水道を一望する。東側には、夕日に染まる新尾道大橋。

夕日に照らされる新尾道大橋 

  秋の日暮れは早く、数十分の短い間にも刻々と光が失われてゆく。写真の撮影にはもう条件が厳しくなってきたが、桟橋を歩きながら、係留された船を絡めて夕暮れの尾道水道を撮る。

尾道水道の夕暮れ 

  尾道 17:50 → 福山 18:09 [普通 444M/電・117系]

  水島臨海鉄道、往路の尾道、呉、そして2度目の尾道と、今回はいずれも駆け足での散策だった。売店で土産物などを買った後、乗り込んだ17:50発の岡山行きは117系。昔の新快速の思い入れが強く、岡山転属後の「サンライナー」カラーも悪くなかっただけに、この車両の黄色一色はどうにも受け入れがたい。もっとも、外観の問題は乗ってしまうまでで、117系の安定した乗り心地は今も健在だ。

  福山 18:11 → 岡山 19:00 [快速「サンライナー」 3728M/電・117系]

黄色くなった117系「サンライナー」 

  福山で、先発する快速「サンライナー」に乗り換える。同じく黄色い117系。流すような走りだが、計測すると100km/h近くコンスタントに出している。もう景色は見えないので、速度から走りをイメージするしかないが、こういう楽しみ方ができるのもスマホがあればこそだ。

  倉敷で乗客が増える。水島臨海鉄道でレトロ気動車に乗ったのが、もうずいぶん前のことに思える。

  岡山 19:10 → 播州赤穂 20:27 [普通 1932M/電・115系]

  時間も時間ゆえ、岡山を発着する列車はどちらの方面も混雑している。その中で乗り込むのは今日最後の黄色い電車、赤穂線播州赤穂行きだ。この7分後には山陽本線経由姫路行きがあり、そちらのほうが姫路には20分ほど早く着く(注1)が、その後の接続の都合で魚住に着くのは結局同じになる。ならば往路とは経路を変えてみようというわけだ。

  岡山を満員で出発し、東岡山までは山陽本線を進むが、その東岡山からなかなか出発しない。遅れている下り山陽線電車からの接続のために5分ほど待つという。結局後続の姫路行きが追いついてきて、ほぼ同時に出発。二手に分かれ、こちらは単線の赤穂線へと入ってゆく。途端にバウンドするような揺れが激しくなる。速度は80-90km/h出ており、これが遅れを取り戻すためのめいっぱいの速度なのだろうが、ちょっと怖くなる。

  乗客は次第に減り、備前片上まで来ると遅れもほとんどなくなった。この先は比較的海に近づき、カーブが多く速度も出なくなる。すっかりガラガラになった電車が60km/hほどのゆったりペースで走り、岡山近郊とは打って変わったローカル列車の趣きとなる。

  備前福河から兵庫県に入る。兵庫なのに「備前」? と思うが、これはもともと岡山県だったこの地区が、地元の嘆願を機に1963年に赤穂市に編入されたためらしい。

  播州赤穂 20:30 → 魚住 21:28 [普通 840T/電・223系]

  赤穂線の列車は現在ではすべて播州赤穂で分断されている。車両も115系3両編成から、223系8両への乗り換えとなる。ここまでは岡山を中心とした路線網の一部、ここから東はアーバンネットワークの一員と、明確な線引きがなされているようだ。

223系(左)に乗り換え 

  乗り込んだ米原行き、播州赤穂出発時点で自分の車両にいるのは自分だけ。赤穂線内は相変わらずのローカル規格だが、90km/hくらいまで出す。

  相生から山陽本線に復帰し鋭い加減速で快走、100km/hは平然と超えてくるのはやはり新快速車両の実力だ。姫路からは客も幾らか増えてくる。播州赤穂から1時間ほどで魚住に帰り着いた。

 注記

  注記の内容は2016年12月現在。

  1. 相生〜東岡山間の営業キロは、山陽本線経由だと60.6kmに対し赤穂線経由だと57.4km。山陽本線が北側に大きく迂回しているぶん、実は赤穂線の方が若干距離が短いが、所要時間は複線・幹線規格の山陽本線が短い。

 トップ > 旅日記 > 旅日記15-2(2)