#029

  春の嵐が吹き荒れたこの日、列車のダイヤも混乱していた。そんななか、紀伊半島を南部(みなべ)まで南下した。紀州梅で有名な南部だが、花はもうなく、枝には若葉が芽吹いていた。冬と春がせめぎ合う中、自然の営みは確実に進みつつある。

  夕刻、紀勢本線の電車に乗り、帰路に就く。大荒れの太平洋に面する絶壁の上を進んでゆくと、前方に夕日の姿。黄砂でかすんだ空に、半月状の赤い太陽がぼんやりと映る。

  今乗っているのは、あと数日で引退する元急行用の電車だ。この陽が落ちるとともに、その最期もまた一日迫る。

 

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