JR東海・西日本が共同開発した新型寝台特急電車
次代の夜行車両として発展が期待されたのだが・・
登場:1998年
在籍:

  記載内容は2015年7月現在。
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 30年ぶりの寝台電車

  「走るホテル」ともてはやされたのも今は昔、国鉄末期以降、夜行・寝台列車は斜陽化の一途を辿ってきました。第一の理由は、新幹線や旅客機の発達によって長距離列車の必要性が薄れたこと。(晩年の長崎行き「さくら」に至っては、東京発朝一番の「のぞみ」と「かもめ」を乗り継いだ場合と、長崎到着が30分程度しか変わらない有様でした。)また、今や決して質が高いとはいえないサービスに対して、単に2段ベッドしかないB寝台でもビジネスホテルの宿泊料並みの寝台料金を余分に要求されるという割高感がもあり、安価な夜行高速バスに利用者を奪われました。

  JR自体も寝台列車に対して、大幅な値下げや新車投入といった思い切ったてこ入れ策は、一部例外を除いて講じてきませんでした。運転区間がJR複数社をまたぐため諸々の調整がつけにくく、遅延や運休の際の影響が大きいことや、いわば「時間外労働」を強いられる夜行列車の運行が、合理化の流れに沿わぬものだったこともその理由でしょう。

  その数少ない「例外」となったのが、1998年にJR西日本と東海の共同開発によってデビューした新型車、285系です。寝台列車といえば客車がメインですが、この車両は寝台列車としては583系以来、実に30年ぶりの電車となりました。

  通称「サンライズエクスプレス」。東京〜高松間の「瀬戸」と東京〜出雲市間の「出雲」1往復をそれぞれ置き換えて「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」となりました(この際に「−出雲」はそれまでの山陰本線(豊岡・鳥取)経由から、岡山・伯備線経由に変更されています)。それぞれ7両編成で、東京〜岡山間では併結されて14両で運転されます。大きな車体をしていますが、最高速度は130km/h。足の遅い客車列車だと、ダイヤ設定上足を引っ張る存在となってしまいますが、電車化によってそれも改善されています。

堂々14両編成で山陽本線(JR神戸線)をゆく 

  285系が従来の寝台車両と大きく異なっているところは、寝台がすべて個室となったことです。大半が1人用または2人用のB個室寝台で、一部が1人用のA個室。そしてもうひとつ、新機軸として「ノビノビ座席」が登場。指定席扱いながら、実はカーペット敷きで横になることができます。個室の室数を確保するため、7両中5両が2階建て車となっています。

  外観的には、「サンライズ」の名の通り、夜明けをイメージしたベージュとワインレッドの塗装となっており、「夜」のイメージである従来の「ブルートレイン」と方向性を異にしていることをアピールしています。また、車内には明るい木目調の素材を用いて、従来車の冷たげな内装からの一新を図っています。

朝日をイメージした「サンライズエクスプレス」 

  30年前の583系が、昼夜兼用・3段寝台を特徴とし、輸送力に徹した車両であったのと対照的に、285系は、プライバシーの保てる個室寝台と、安価で横になれる「座席」という、現代のニーズに沿った(そして高速バスには出せない特徴を有する)造りとなっています。

 ノビノビ座席に乗る

  1998年10月、私は三ノ宮→東京間で「ノビノビ座席」に乗る機会を得ました。乗車券と指定席特急券だけで乗れるので人気が高く、上りの「サンライズ出雲・瀬戸」は三ノ宮・大阪に未明に停車するため、そこからの利用も少なくないようです。

  「ノビノビ座席」は、上下段に分かれており、上段へははしごで上がります(私が乗ったのは上段です)。床はまさにカーペット敷きで、1人分の区画は必要かつ十分な幅といえます。隣と完全に仕切られてはいませんが、窓際は仕切られています。窓は区画ごとに1枚ずつあるのが嬉しい。

  毛布のようなものはあったと記憶しますが、枕はありません。私はかばんを枕にして寝ました。当初は車掌が空気枕を販売していたと聞きますが、のちに中止されたようです。

  カーペット敷きの床だけに、寝心地はごつごつします。フェリーの二等室のようですが、横になれるだけありがたいとすべきでしょう。「電車」であるため、客車と比べて走りは俊敏ですが、モーターの響きのような振動が、わずかながらどうしても伝わってきます。(下段だと、特に気になるかも知れません。)

  内装はこれまでのブルートレインのような冷たい水色ではなく、淡い色の木目調で統一されています。しかも単なる化粧板ではなく、木の質感が出るような素材です。最近の住宅でよく見られる新建材を使用しているのでしょう。

木目調の明るい車内は、従来車両と一線を画する 

  東京に着くのは7時過ぎ。仕事を終えてホームで朝日を浴びる姿は、まさに「サンライズ」の名にふさわしいものです。

 進展は?

  登場時は寝台特急復権の切り札と目された285系、「出雲・瀬戸」の利用も悪くはなかったようですが、期待されたそれ以後の進展がさっぱりみられませんでした。当初導入された5編成以降に増備はなく、ほかの列車に投入されることもありませんでした。

  というのも、「瀬戸」と「出雲」はすべて直流電化区間を走りますが、その他の寝台列車、すなわち北陸や九州に足を伸ばすものを置き換えようとすれば、交流に対応させなければなりません。交・直流両用の車両を開発・製造するには相応のコストがかかり、また北陸・九州とも新幹線開業の予定があったため、JR各社にそこまでの動機付けがなかったというのが実情でしょう。ここでも、前述の「JR複数社の意思統一の難しさ」という問題が関わってきます。

  そうしている間にも、寝台列車の退潮は続き、年ごとに廃止・統合が進められてきました。山陰本線経由で残っていたもう1往復の「出雲」も06年3月に廃止されました。そのさい、東京直通列車がなくなる鳥取の利用者を救済するため、上郡で「サンライズ」に接続する特急「スーパーいなば」(岡山〜鳥取)が設定されました。しかし、臨時列車に付けられる90番台の号数が付されたとおり、暫定的なものという意味合いが強く、実際その用途での利用は芳しくなかったようで、10年3月改正で上郡接続は打ち切りになりました。

  従来の「ブルートレイン」は陳腐化・老朽化が進み、牽引する機関車の問題もありました(JR旅客各社は機関車の開発を行っていないので、機関車も老朽化に直面する)。寿命は時間の問題であり、ゆえにこそ「サンライズ」の発展が期待されたわけですが、結局は現有車両を使いつぶして幕引き、というのがその末路でした。09年春、寝台特急「はやぶさ」「富士」の廃止をもって、東海道・山陽・九州方面の「ブルートレイン」は全滅しました。同時に、夜行快速「ムーンライトながら」が臨時化されたため、東京発着の定期夜行列車としても、「サンライズ出雲・瀬戸」は唯一の存在となりました。

  なお「サンライズ瀬戸」は時期によって、高松で折り返して予讃線を辿り、松山まで乗り入れていました(ただしこの場合、高松〜松山間だけでの利用はできない)が現在では行なわれていません。ただし、かつて宇高航路を介して四国の列車と接続していた「瀬戸」の名残で、この列車と四国内の特急を坂出か高松で乗り継ぐ場合は、四国の特急の特急料金が半額になります。

  また東京〜広島(下関)間には、臨時寝台特急「サンライズゆめ」が設定されていました。かつての寝台特急「あさかぜ」の流れをくみ、深夜・早朝に京阪神に停車し、そのあたりでの需要も見込んでいたと思われます。ただ、285系自体に余裕がないため(1編成だけの予備編成を使用していた)、ごく限られた日数の設定に限定されていました。そんな「サンライズゆめ」も、2009年度から設定がなくなりました。「出雲・瀬戸」と「ムーンライトながら」以外、東海道・山陽系に夜行列車は一切運転しないという、JRの決意めいたものが感じられます。

「サンライズゆめ」。早朝に姫路に停車していた 

 

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